みけうどん

猫とうどんが好き。

HIGH LANDER(爆風スランプ/1988)

懐かしすぎてMacにCDつっこんだらitunes曰くジャンルが「Pop」ってなったんだけど、なんか違わないかappleさんよう。これはロックだYO!

このアルバムを初めて聞いたのは小3だか小4だか、まあ要は10歳くらいの頃で、母親が買ってきたカセットテープでした。あんまりカセットとか買う家じゃなかったので、珍しくて私も結構聞き込んだのだった…。ちなみに当時、家にあったカセットはこの爆風スランプと、堀内孝雄長渕剛のライブカセット(笑)。このオッサン3本立てをソラで歌えるほどに聞き込んでた10歳児。……かわいくない。

で、えーと、『ハイランダー』はたぶん母が「ランナー」目的で買ったんだと思うけど、私は結構それ以外の曲が好きだったな。「目ん玉」とか(笑)。子供にウケるよね、あれは、アホで(褒めてる褒めてる)。

しかし、かれこれ30年振りに聞き返したら、「ハイランダー」とか「スパる」とか中々にロックな歌詞で驚いた。子どものころ覚えてぎゃーぎゃー歌ってたはずなんだけど、さーすーがーに、ほぼ忘れてた。

アルバムとして今聞いても全然古くなくて凄い。

たまにアレンジが80年代だねェ懐かしい!ってなるけども、でもそんなのほんの一部で、本当によく出来たアルバムだったんだなあと感心しました。

なんか昔聞いてた音楽を漁りたくなってしまった。「たま」も探そうかな。

ハイランダー

ハイランダー

 

 

 

シン・ゴジラ(庵野秀明/2016)

見たことあるのに、なんならDVDさえ持っているのに、テレビで流れていると見てしまう映画といえばジブリなんだけど、『シン・ゴジラ』もやってたら見ちゃう…。

ということで、映画館も含めて3回目ですわ、この映画…。

シン・ゴジラ 庵野秀明/2016

映画であれ本であれ、同時代性ってあるなーって思った。

この映画は散々あちこちで言われているように、おそらく東北の震災を下敷きにしていて、やっぱりこの時代の日本、特に東京に住んでる人が見るのがいちばん面白い…というか身につまされるんじゃなかろうか。

だから50年後にこの映画を見ても、今ほどのリアリティをもつことは不可能だろうなと思う。それは作品の良し悪しではなくて、その時代に生きてるかどうかってことで。

この映画のキャッチは「現実(ニッポン) 対 虚構(ゴジラ)」だったけど、有能な政治家たちこそが虚構だとしたら、庵野さんパンチ効いてるな。放射能も災害も間違いなく現実だもんね。

ちょっとエヴァに寄りすぎじゃないか、とか思うところもちょいちょいあるけども、この後ゴジラシリーズどうするんだろってくらいによく出来てて面白かった。

またテレビでやってたら見ちゃうんだろうな…。

 

シン・ゴジラ Blu-ray2枚組

シン・ゴジラ Blu-ray2枚組

 

 

 

ゲット・アウト(ジョーダン・ピール/2017)

たまには刺激の強そうな映画も見てみるか…ということで、Amazonプライムにあった『ゲット・アウト』視聴。ゲット・アウト ジョーダン・ピール(2017)

この映画はもしかしてものすごいブラックなコメディなのかな…??というのが、とりあえずの感想(コメディじゃないとしたらあの終わり方でいいんかな?という)。

え?ここ笑うところでした?もしかして?みたいな戸惑いが少々。

終わり方だけじゃなくて、あのアーミテージ一家のやってたマッドなあーんなことやこーんなことも、ギャグといえばギャグにみえなくないこともない……。

うーん。まあ、でも、悲劇と喜劇、もしくはホラーとコメディも紙一重だもんね。

カテゴリはどうあれ、レイシズムの根の深さをグロテスクにジワジワと描くという点では上手い。ほんと笑っちゃうくらいに救いがないのだ。タイトル通り「出て行」くことだけが解決策とは思いたくないけど、でも、どうしょうもない断絶が、それはもう深々と横たわっているのだった。がっくり。

そういう意味では面白い映画でした。アメリカ、病んでるな。まあ病んでない国なんてないんだろうけれども。

それにしても、この映画の後半、クリス(ダニエル・カルーヤ)が拉致されてからの表現は、多分に『シャイニング』的だったんだけど、ホラー表現といえばやっぱりキューブリック的表現になっちゃうのかなあ。『シャイニング』でも写真がひとつのモチーフになってたけど、今回の主人公の職業がカメラマンだったのは偶然なのか、わざとなのか。

個人的にはアーミテージ一家の狂い方が、ああいう突拍子もない感じじゃなくて、もっと生活に根ざした(っていうのも変だけど、もっと現実的な)感じにしてくれたほうが、より怖くなるんじゃないかなと思うんだけど、それじゃお話にならないかな。

催眠術はずるいかな〜って、ちょっと思っちゃった。

 

ゲット・アウト(字幕版)
 

 

早春(小津安二郎/1956年)

『お茶漬けの味』に続いて『早春』を見る。今回は淡島千景が主演。わたし、この人の顔好きだな〜。ちょっと眠そうな目元が素敵。美人さんだわあ。

早春/小津安二郎

大筋としては、浮気してしまった夫・正二(池部良)とその妻・昌子(淡島千景)、浮気相手の通称「金魚」(岸惠子)の三角関係の話なんだと思うけど、なんというか全編を通じて死の影がずっとあるというか、ちょっと虚無的な空気が全体に漂う不思議な雰囲気の映画。正二と昌子も子を亡くしているという設定だし、会社の同僚は肺を病んで亡くなってしまうし、酔っ払ってクダを巻く戦友達がいる…ということは正二は戦争帰りで、深読みすると身寄りがないのかなって感じだし(昌子の母親や弟は出てくるが、正二の家族は一切出てこない。名前からして次男だけど兄も両親の存在も臭わせない)。

そんなこんなで、正二や昌子をはじめ、出てくる人たちはみんな滅多なことじゃ笑わない。時々あきらめたような顔で口角を上げるくらいで、屈託なく笑ったり怒ったり感情をむき出しにするのは金魚くらいかも。

金魚はなんせ表情がコロコロ変わって忙しい。最後に正二を思いっきり何度もひっぱたき、その日(?)の夜の同僚達との壮行会ではニッコリ笑って正二に握手を求めるところは素敵だった。いい子だな金魚〜。そして美人だわあ。

基本的に男たち(同僚や元戦友たち)が群れてグダグダしてるのに対し、女たちは割と群れずにそれぞれピンシャンやっていて興味深い。ま、女たちもそれぞれ愚痴ったりしてるんですけどね、もちろん。

戦争でいろんなものが失われ、戦争が終わっても病や何かで失われ、サラリーマンはサラリーマンで時間や自由を奪われて、脱サラしたらしたで不安定で…という、羅列するとなんだか救いのないような世界のなんだけど、女たちは男たちを尻に敷いたりあきらめたり叱り飛ばしたりしながら、時には笑って手を差し伸べて、なんとか生きていくのだな…。

 

そういえば、完全に余談というか蛇足ですが、正二の転勤先が「三石(みついし)」と言われて、そこ知ってる!とテンションが上がってしまった。

三石は、18きっぷで大阪から高松に移動する際に何回か車窓から見ただけなんだけど、いつか降りてみたい駅のひとつ。明治時代から続く煉瓦工場が今でも操業していて(正二の会社が「東亜耐火煉瓦」なので納得)、車窓から見てるとラピュタの鉱山街みたいな雰囲気でなかなかに趣がある。

『早春』みて、ますます行ってみたくなっちゃった〜。

早春 デジタル修復版 [DVD]

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お茶漬けの味(小津安二郎/1952年)

撮りためていた小津を見る。まずは『お茶漬けの味』。感想としては…佐分利信がかわいい!以上!!

……というわけにもいかんわな。

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小津の映画は大人の映画(というか大人として成熟することを要請する映画)だと、内田樹さんがたしか仰っていたと思うが、この映画、若い頃に見てたらずいぶん違う印象を受けたんじゃないかなと思う。自分がせっちゃん(津島恵子)くらいの歳で、周囲の大人から見合いを強制されるような立場だったら、せっちゃんと同じく見合いなんて御免と逃げ出すに決まってるし、ついでに「小津の映画ってなんか嫌ね」みたいな感じで小津作品に近づかなくなっていた……とまでは行かないにせよ、ちょっと敬遠はするようになったかもしれない。小津映画ってなんかよさげなんだけど、でもちょっとね、みたいな。

まあ、なにはともあれ、結婚もして40過ぎた今となってはお見合いもありかもね、とちょっと思うし、せっちゃんのことを子供だなあと感じる。せっちゃん的な目線も分かるし、佐竹夫妻(佐分利信木暮実千代)たちのようにいい歳なんだから結婚しなさいよ、という意見も、まあ分かる(というか昔ほど嫌じゃない)。とはいえ、いちばん共感するのは、お見合いから逃げてきたせっちゃんとパチンコしたりご飯を食べたりしつつ、その件を叱ったりもする佐竹のあやふやな態度なんだけれども。

そして、他人の家のような自宅の台所で、女中を起こさないようにご飯を探し、ぬか漬けを切る妻の着物の袖を持つ夫の「気安い感じ」も悪くないなあと思う。

結局せっちゃんはまたお見合いに引っ張り出されて誰かと渋々結婚させられるのか、意外とのんちゃんとうまくいっちゃったりするのか、その辺は明示されないまま話は終わっちゃうけど、お見合いだろうが恋愛結婚だろうが、佐竹夫妻みたいにうまくいかない時期もあったり、ふとしたきっかけでうまくいく時期もあったりで、まあ、なんだかんだで人生は続くんだな、というしみじみした気持ちにさせられる。

佐竹自身の態度もそうなんだけど、言葉や態度ではっきり白黒つけない、物事を保留する余裕というか諦観というか、いつも困ったような笑い方をする大人たちが印象的だった。

あと、これはもう完全に余談なんだけども、久々に小津映画を見て、現代との言葉遣いの違いがすごいなーと感心してしまった。目上の人に話かけられても、男女の差なく返事がほぼ「はあ」とか「ああ」とか「へえ」だし、会社で部長が社長の部屋を出るときの挨拶が「ごめんなさい」だし。言葉遣いってずいぶん変わってるんだなー。

今なら「失礼な言葉遣い」だとか言われそうだけど(なんたって目上の人に「了解」とメールを返すのは失礼だ、なんて記事が出回る世の中だもんね)、数十年でいろいろ変わっちゃうんだろうなあ。いわゆる常識なんて存外はかないものなのかもなあと、こちらでもしみじみ。

お茶漬の味 デジタル修復版 [DVD]

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となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代(内藤正典/2016)

イスラム教って怖そうだし、そもそも宗教のことってタブーっぽいし、まあ日本に住んでりゃたぶん関係ないし、なんて方に是非読んでいただきたい一冊。

と同時に、なんかこう今の世の中って世知辛いなあとか、日々疲れるなあとか、そんな方にもおすすめしたい本です。

この本を読んで初めて知ったことばかりなので私がここで上手く説明できるのか自信がありませんが、結論から言えば、イスラムの人たちも私たちもなんら変わりはないのね、ということがよく分かりました。

そして同時に、人間は神様(とか教会とか因習とか色々)に縛られず自由な個人として独立して生きていくべきだ、という近代西洋の考え方のみを是とすると、そりゃまあイスラムの人たちの生き方は理解できないよなと納得。

西洋ならびにいまの日本などで良しとされる考え方といえば、人間ってやつは自然にも神さまにも自分にも打ち勝ち、自らの居場所を切り拓き、自己の利益と幸福を追求し、独立独歩・自己責任でやっていくことこそ正しい!…なんてとこかなと思います。
新しいこと、速いこと、強いことがよしとされる世界…って感じでしょうか。

かたや、イスラム的な「よしとされる世界」は、神が預言者に下した啓示を記した「コーラン」と、その預言者の言動をまとめた「ハディース」に従っているかどうか、ということらしい。

お酒は飲んではいけないとか、女性はスカーフをかぶりなさいとか、来世で天国に行けるよう善行を積みなさいなどなど、一言で言えば神様に従うことがいいこと、という価値観。そうして善行を積めば、来世で天国に行けますよ、と。

当世流行の「自己責任」「自己実現」の正反対です。

いいことも悪いことも神様が決めたこと。例えば、病気になってもなんで病気になったんだろう、とか悩まない。それは神様が決めたことであって、自分があの時ああしたからだとか悔やまない。

まあたしかにそう言われたらそうかもなと思います。

病気になったのは自分のせいと言うなら、逆に自分の意思で病気にならなかったり、
病気を治したりできるはずだもの。

でも実際は、どんなに健康に気をつけてても病気になるし、どんなにいい人でも事故に遭うこともあるし、災害にも遭うし、そもそもいつかは老いて死ぬんだし、それを全部「自己責任」なんて言われてもとても無理。

悲しいかな世の中には因果関係の分からないことが山ほどあって、その世の中の不条理全部に一人で対応するなんて土台無理な話です。より生き延びられるように人は社会を作ったはずなのに、当世流行の自己責任論は弱者を蹴落とすための方便になってしまっている。誰だってかつては赤ん坊だったんだし、生きている限り必ず老人になるのにねえ。

それにしても、こういう考えってなんか聞いたことあるぞ…と思ったら、あれです、浄土宗の「他力本願」じゃあないですか。イスラム教って一神教だからキリスト教っぽいのかと思ったら、むしろ仏教に近いではないか!と私は目からウロコがボロボロおちました(……とか言ってもまあ、宗教について語れるほど勉強してないので、全然違ってたらすみません)。

あと、個人的にいちばん驚き、かつ大事だなと思ったのは、イスラム教では「人と人の間に線を引かない」ということ。

あいつはああだから、とか、こいつはこうだから、とか、そうやって線引きしてしまうこと自体が諍いの種にしかならない。ていうか、ニュースとかみてるとこの線引きすること自体が諸悪の根源じゃないかって思えてくる。

性別も人種も年齢も宗教も趣味嗜好も、神様の前では一切関係なく、ただ各人は一対一で神様と対峙するのみ。私はイスラム教徒ではないから、例えば「神様」を「良心」と読み替えてもいいかもしれない。そう考えると、大抵の争いごとはずいぶんと収まるんじゃないだろうか。

……なーんて、甘っちょろいですかね。

まあ、なんて言いつつもそうやって自らを省みると、いかにいろんな物事に線引きをしていたかってのに思い至り、恥じ入るばかりです。

でもちょっと新鮮な目線で物事が見れそうな気がしました。いい本でした。

となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代

となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代

 

僕のワンダフル・ライフ(ラッセ・ハルストレム/2017)

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私は基本的に性根がひねくれているので、全米が泣いた!みたいな泣かせるアオリをする映画には手を出さないんですが、ちょっと身辺がゴタゴタして疲れてて重たい映画なんて見られないよ……と思い、失礼ながらこれなら気楽に見られるかもと思って見始めました。

で、結果、ボロ泣きしました。すみません。面白かったです。

いちばん良かったのが、なんだかんだ言って人と犬の間にはどうしようもないコミュニケーションの深ぁい溝があるよね、というのと、でも心通じあっちゃう時も確実にあるね、というバランス。映画の作りとしては犬の心の声がナレーション的にちょいちょい入るんだけども、その量や程度がほどよかったです。

印象的だったのが、主人公の犬がコーギーに生まれ変わった時、飼い主が死ぬ間際のコーギーに向かって「何考えてるの?」と聞くシーン。年老いたコーギーは、何も答えずに静かに目をつぶるんですよね。

それが、すっごくいい。

犬と人は家族だから通じ合ってる!みたいな安易な所に堕していなくて、犬は犬、人は人(まあ何なら犬同士・人同士であったとしても)として、それぞれの生を淡々と全うするのみ、みたいな、潔さというか寂しさというか、べったりしない関係性に共感しました。

あとは単純に、犬たちの演技がすごいな!というのも見所です。犬が小麦畑を全力疾走するところとか、たまんないです。

昔飼ってたうちの犬も全力疾走するとき楽しそうだったなーとか思い出しちゃう。犬ってほんとに嬉しそうに走りますよねー。

まあ、それこそ、犬たちが何考えてるのかなんて、最終的にはわかんないんですけどね。

 

追記:それにしたって邦題はもうちょっと何とかならんかったかな…と思います。駄洒落はないわよ…(原題は「A Dog's Purpose」でした)。