みけうどん

猫とうどんが好き。

となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代(内藤正典/2016)

イスラム教って怖そうだし、そもそも宗教のことってタブーっぽいし、まあ日本に住んでりゃたぶん関係ないし、なんて方に是非読んでいただきたい一冊。

と同時に、なんかこう今の世の中って世知辛いなあとか、日々疲れるなあとか、そんな方にもおすすめしたい本です。

この本を読んで初めて知ったことばかりなので私がここで上手く説明できるのか自信がありませんが、結論から言えば、イスラムの人たちも私たちもなんら変わりはないのね、ということがよく分かりました。

そして同時に、人間は神様(とか教会とか因習とか色々)に縛られず自由な個人として独立して生きていくべきだ、という近代西洋の考え方のみを是とすると、そりゃまあイスラムの人たちの生き方は理解できないよなと納得。

西洋ならびにいまの日本などで良しとされる考え方といえば、人間ってやつは自然にも神さまにも自分にも打ち勝ち、自らの居場所を切り拓き、自己の利益と幸福を追求し、独立独歩・自己責任でやっていくことこそ正しい!…なんてとこかなと思います。
新しいこと、速いこと、強いことがよしとされる世界…って感じでしょうか。

かたや、イスラム的な「よしとされる世界」は、神が預言者に下した啓示を記した「コーラン」と、その預言者の言動をまとめた「ハディース」に従っているかどうか、ということらしい。

お酒は飲んではいけないとか、女性はスカーフをかぶりなさいとか、来世で天国に行けるよう善行を積みなさいなどなど、一言で言えば神様に従うことがいいこと、という価値観。そうして善行を積めば、来世で天国に行けますよ、と。

当世流行の「自己責任」「自己実現」の正反対です。

いいことも悪いことも神様が決めたこと。例えば、病気になってもなんで病気になったんだろう、とか悩まない。それは神様が決めたことであって、自分があの時ああしたからだとか悔やまない。

まあたしかにそう言われたらそうかもなと思います。

病気になったのは自分のせいと言うなら、逆に自分の意思で病気にならなかったり、
病気を治したりできるはずだもの。

でも実際は、どんなに健康に気をつけてても病気になるし、どんなにいい人でも事故に遭うこともあるし、災害にも遭うし、そもそもいつかは老いて死ぬんだし、それを全部「自己責任」なんて言われてもとても無理。

悲しいかな世の中には因果関係の分からないことが山ほどあって、その世の中の不条理全部に一人で対応するなんて土台無理な話です。より生き延びられるように人は社会を作ったはずなのに、当世流行の自己責任論は弱者を蹴落とすための方便になってしまっている。誰だってかつては赤ん坊だったんだし、生きている限り必ず老人になるのにねえ。

それにしても、こういう考えってなんか聞いたことあるぞ…と思ったら、あれです、浄土宗の「他力本願」じゃあないですか。イスラム教って一神教だからキリスト教っぽいのかと思ったら、むしろ仏教に近いではないか!と私は目からウロコがボロボロおちました(……とか言ってもまあ、宗教について語れるほど勉強してないので、全然違ってたらすみません)。

あと、個人的にいちばん驚き、かつ大事だなと思ったのは、イスラム教では「人と人の間に線を引かない」ということ。

あいつはああだから、とか、こいつはこうだから、とか、そうやって線引きしてしまうこと自体が諍いの種にしかならない。ていうか、ニュースとかみてるとこの線引きすること自体が諸悪の根源じゃないかって思えてくる。

性別も人種も年齢も宗教も趣味嗜好も、神様の前では一切関係なく、ただ各人は一対一で神様と対峙するのみ。私はイスラム教徒ではないから、例えば「神様」を「良心」と読み替えてもいいかもしれない。そう考えると、大抵の争いごとはずいぶんと収まるんじゃないだろうか。

……なーんて、甘っちょろいですかね。

まあ、なんて言いつつもそうやって自らを省みると、いかにいろんな物事に線引きをしていたかってのに思い至り、恥じ入るばかりです。

でもちょっと新鮮な目線で物事が見れそうな気がしました。いい本でした。

僕のワンダフル・ライフ(ラッセ・ハルストレム/2017)

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私は基本的に性根がひねくれているので、全米が泣いた!みたいな泣かせるアオリをする映画には手を出さないんですが、ちょっと身辺がゴタゴタして疲れてて重たい映画なんて見られないよ……と思い、失礼ながらこれなら気楽に見られるかもと思って見始めました。

で、結果、ボロ泣きしました。すみません。面白かったです。

いちばん良かったのが、なんだかんだ言って人と犬の間にはどうしようもないコミュニケーションの深ぁい溝があるよね、というのと、でも心通じあっちゃう時も確実にあるね、というバランス。映画の作りとしては犬の心の声がナレーション的にちょいちょい入るんだけども、その量や程度がほどよかったです。

印象的だったのが、主人公の犬がコーギーに生まれ変わった時、飼い主が死ぬ間際のコーギーに向かって「何考えてるの?」と聞くシーン。年老いたコーギーは、何も答えずに静かに目をつぶるんですよね。

それが、すっごくいい。

犬と人は家族だから通じ合ってる!みたいな安易な所に堕していなくて、犬は犬、人は人(まあ何なら犬同士・人同士であったとしても)として、それぞれの生を淡々と全うするのみ、みたいな、潔さというか寂しさというか、べったりしない関係性に共感しました。

あとは単純に、犬たちの演技がすごいな!というのも見所です。犬が小麦畑を全力疾走するところとか、たまんないです。

昔飼ってたうちの犬も全力疾走するとき楽しそうだったなーとか思い出しちゃう。犬ってほんとに嬉しそうに走りますよねー。

まあ、それこそ、犬たちが何考えてるのかなんて、最終的にはわかんないんですけどね。

 

追記:それにしたって邦題はもうちょっと何とかならんかったかな…と思います。駄洒落はないわよ…(原題は「A Dog's Purpose」でした)。

ミケランジェロと理想の身体(国立西洋美術館)

言わずと知れたミケランジェロを見に上野へ。

古代ギリシアの彫刻から始まって、クライマックスは今回の目玉、ポスターやチラシにもなってる「ダヴィデ=アポロ」像。

完成していないがために、ダヴィデなんだかアポロなんだか分からなくなったので、こんな妙な名前になってるみたい。

しかしその曖昧な造形が妙に魅力的で、ずっと見てても飽きない。斜め後ろくらいから見るのが好き。他にも何点かミケランジェロがありましたが、断然この「ダヴィデ=アポロ」を推しますねえ、私は。

ミケランジェロって絵画でも彫刻でも、「ルネッサーンス!」的にクドいというか、完成度が高すぎるというか、息が詰まるというか……まあ、要するに個人的にちょびっとしんどいんですが。

ダヴィデ=アポロ」は完成してないが故に、不思議と抽象的な美しさがあります(本人としては不本意かもしれないけど)。なんか、素朴なんだけどモダンな造形なんですよねえ。好みの問題なのかもですが。

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で、この企画展見たあと、常設展も寄ったんですが、こっちは入り口からロダンがお出迎え。

さっきまで16世紀の彫刻見てたのに、急に19世紀のロダンの作品が現れて、なかなか感慨深いものがあります。彫刻って近現代だとこうなるんだなあ……みたいな。ロダンの個性がグッと前面に出てくる。比較すると面白いな〜。

会期がもう残りわずかですが、彫刻は360度グルッと見える展示も多いので、会場でご覧になると楽しいと思います。

良い展覧会でした。大満足!

芳年-激動の時代を生きた鬼才浮世絵師(練馬区立美術館)

関東に住んでかれこれ20年くらい経ちますが、初めて行ってきました。練馬区美術館。お目当てはこちらっ。江戸末期〜明治の浮世絵師、月岡芳年さんです。

www.neribun.or.jp

浮世絵は、国芳の猫とか北斎の名所絵とか好きですし、大学の美術史のレポート書くのに鈴木春信の絵暦について調べたりして、なんていうかちょっと和めるやつが好きなんです個人的に。

で、芳年と言えばなんといっても残虐絵で、顔の皮剥いで血がドバーッと出てたり山姥が娘を逆さ吊りにして包丁研いでてうぎゃー!みたいなのが印象に残っておりまして、劇画っぽいと言うか外連味がありすぎるというか、要は正直あんまり得意じゃないかも…という印象でした。

でも、今回の展覧会でちょっと見方が変わりました。……いいじゃないか芳年

残虐絵は芳年の一面であって、笑える絵も格好いい絵もたくさん。

構図が上手い!発想が面白い!彫り師泣かせの細かさが凄い!
カメラのないあの時代に、なんであんな一瞬の動きを素晴らしく切り取れるんだ…。

そして何より今回凄く良かったのは、習作的なスケッチが何枚か展示してあったこと。

江戸時代の日本人の絵描きの習作といえば、面相筆とか細めの筆で描いた線描ですよね? でも、今回の展示には鉛筆+水彩のスケッチがあったんですよねー。浮世絵師の鉛筆描きの線って初めて見た!……当たり前だけど、う、う、うまいじゃねえかっ!!

筆で描かれるよりなんかこう「絵うまっ!」ていうのがダイレクトにきました。

行って良かった。食わず嫌いはいけないわ。

ということで、練馬区美術館での会期はあと少し! 9/24まで!浮世絵は特に美術館で生を見た方が断然いい絵なので、おすすめします。

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練馬区美術館はいろんな動物モチーフの人形?彫刻?がある公園のなかにあって、のんびりできる素敵な美術館でしたよ。

駅馬車(ジョン・フォード/1939)

「古典映画を観ようシリーズ その2」はジョン・フォード監督で『駅馬車』。

同じくジョン・ウェイン主演の『エル・ドラドハワード・ホークス/1966)』を昔観て、正直なところテンポが微妙な印象で、ああ昔の西部劇って今観るとしんどいのかなあと思ってたんですが、果たして『駅馬車』は、むっちゃくちゃ面白かったです。てっきり『エル・ドラド』の方が古いのかと思ったんですが、逆だった。『エル・ドラド』の方が新しい。そーいえば確かに『エル・ドラド』のジョン・ウェインはちょっとぽっちゃりしてたような…。

さて、ということで『駅馬車』。
スピード感のある展開、迫力のアクションを支えるカメラワークの面白さは勿論なんですが、駅馬車に乗り合わせた人たちのキャラクター描写が素晴らしい。
いわゆる「キャラが立ってる」ってやつですかね。
駅馬車』というタイトルの通り、もちろんこれはある地点から次の地点へ向かい、道々いろんなハプニングにであうロードムービーなんだけど、同時に駅馬車という狭い空間のなかの密室劇でもある。

駅馬車に乗り合わせるメンバーは全員で9人。
脱獄囚で親兄弟の復習を誓っているリンゴ(ジョン・ウェイン)。
町から追放された娼婦だけど実は心優しいダラス(クレア・トレヴァー)。
酒でグデグデ…でもいざって時は働く医者ブーン(トーマス・ミッチェル)。
そのブーンに酒をたかられる酒商人で小市民のピーコック(ドナルド・ミーク)。
軍隊にいる夫に会いに行くちょいお高い感じのルーシー(ルイーズ・プラット)。
ルーシーの護衛をしたいと同乗してきた賭博師ハットフィールド(ジョン・キャラダイン)。
銀行の金を持ち逃げして町を出る銀行家ゲートウッド(バートン・チャーチル)。
馬車を御するおとぼけキャラのバック(アンディ・ディバイン)。
以上の面々を俯瞰する保安官ウィルコックジョージ・バンクロフト)。

小さなエピソードの積み重ねでキャラと彼らの関係性を描いていくんですが、それが上手くて小気味よい。構成うまいなあ!としみじみ思います。
アパッチや軍隊の描かれ方については時代的なところもあり、かなり記号化しているので今観ると「いやちょっと」って感じですし、最後の決闘も「ん?」って感じもするんですが、人物の造形と話の組み立て方は鮮やかで、よくできるなーと感心します。

個人的に気になるのはダラス。迫力の美人さん。
優しくて親切、かつ勇敢な人なのに、折に触れて皆に冷たくあしらわれちゃうのが切ない。差別って、このダラスが町から追放された時のように罵られるのもつらいけど、例えば微笑んでも無視されるとか、食事の席をさりげなく離されるとか、ちょっとした扱いがキツいんじゃなかろうか。
でもそこでリンゴがね!ちゃんと対等に扱ってくれるのよ!そりゃ惚れるわ。
(ちなみにダラスの職業はwikiとかみると娼婦ってことになってて鵜呑みにしてたんですが、劇中にはそんな明確な説明はなかったような……)

なにはともあれ、映画って「新しいからいい」「古いから悪い」ってもんじゃないと思った一本でした。当たり前ですけどね。

麗しのサブリナ(ビリー・ワイルダー/1954)

個人的に「古典映画を観ようシリーズ その1」。パフパフ〜。

なんていうか、映画は好きなんですけど、でも「映画が好き」って言うほどには色々観てないなと思い至り、とりあえず名作といわれる映画は一通り観て記録しよう!というささやかな計画です。

いつまでかかるか謎ですが、ていうか根本的にどこが終わりなのかも謎なんですが、Amazonプライムという素晴らしい仕組みもあることですし、まあぼちぼち地味に更新していこうと思います。

ということで1本目はオードリー・ヘプバーン主演の『麗しのサブリナ』。

 

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あらすじは…ええと詳しくはGoogleとかwikiに譲るとして、すっごいざっくり言えば、運転手の娘・サブリナと、お金持ちの兄弟・ライナスとデイビッドとが繰り広げるほのぼのドタバタラブコメです。

ライナス(ハンフリー・ボガード)もディビッド(ウィリアム・ホールデン)も、オードリーのお相手としてはちょっとおっさん過ぎやしないか…とも思うんだけど、(ざっと計算したらこのときオードリーが25歳、ボギーが55歳でウィリアム・ホールデンが36歳) ……ていうかボギーとは完全に親子に見えるんだけど、まあそれは置いといて、仕事一本槍のライナスもお調子者のデイビッドもチャーミングですよね!

個人的にはデイビッドの方が好きですねー。最終的にめっちゃいい人だったし……報われてほしい。

パリに留学して見目麗しく立派なレディになって帰国した途端にモテるとか、そもそも下働きの運転手の娘が、料理教室のためにフランスに留学できるのかとか、いま観れば何かとツッコミたくなる点もあるんだけど、うん、まあ、この映画が公開されたのは1954年。

1950年代といえば、冷戦構造ができあがり、朝鮮戦争もあって西側諸国は好景気…という時代。

チャップリンとか、ちょい赤っぽい映画は追いやられ、スターを集めて作る娯楽大作全盛期の時代なんですよね。

小難しいことは言わずに、オードリーの可憐さとクスッと笑えるウィットを楽しみ、ハッピーエンドに心温めればいい…って感じじゃないだろうか。

サブリナの変身ぶりも、今の感覚だと「そんなにフランス帰りってすごいの??」とか思っちゃうけど(戯画的にオーバーに描いているとしても、ええっそんなに?って思っちゃう)、あの時代は、まだ「文化の中心といえばフランス」という威光が保たれていて、文化や教養……少なくとも「レディ」の仕上がりっぷりについては、「アメリカ<フランス」だったんでしょうねえ。

その辺の事情を気にしておけば(……というか気にしなければ?)、娯楽映画としてよくできた面白さ。

デイビットの道化っぷり(お尻のワイングラスのくだりは痛くてかわいそうだけど笑える)、下働きの仲間たちのかわいらしさ(サブリナからの手紙をみんなで読むシーンが好き)、そしてなんといってもオードリーの美しさ(ポニーテール時代がラブリー)を堪能したい。

オードリーはこの年、あの『ローマの休日』にも主演していて、本当にいい時期なんですよね。

おすすめの一本です。

はじめましてこんにちは

40にして仕事も辞めたし、いっちょブログでもやってみるか!と思い至り、しかし開設したはいいものの、何から書いていいのか呆然となり放置していました。はじめまして。

記事を書きためてからアップしよ、とか思ってたんですが、書きたまることなんて永遠にないなとようやく気づきましたよ。

まずはあれです、初めての記事だし、簡単な自己紹介でもしてみましょうかね。

みけうどん、女、40歳。うどん県出身、東京在住です。

漫画描いてるか裏山で木登りしてるかみたいな子供時代を経て某美大に進学。油彩専攻のくせにろくに絵も描かず引きこもり、在学中から某NPOで環境教育の指導員のバイトを始め、子供を連れて山に行ったりイカダを作ったりしてました。

リクルートスーツを着るのが嫌すぎ……というのもあるけど、まあ要はウツウツぐずぐずして一切就活せず、ていうかそもそも就職氷河期真っ最中で、チャリで一人旅に出たりバックパックしたりしてるうちに大学卒業。

その後、旅行したりバイトしたり入院したり住み込みで働いたりしたのち、東京でweb制作会社になんとか紛れ込み、Webデザイナーになりました。それからは派遣経由で黒っぽい会社で10年以上働いて、Webもエディトリアルもグラフィックも、企画もディレクションもイラストもなんでもできるようになりました。

…が、昨年末に遂に過労でぶっ倒れ、デザインだとか代理店のお相手だとか広告業界だとかに疲れ果て、この夏無職になりました。どうなる私。

まあしばらくは、この10年間できなかったことをチクチクやりながら、ぶらぶら過ごそうと思います。

ということで、以後お見知りおきを。

よろしくおねがいします。